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2011年11月

クリスマス。ツリー。生クリーム(木次)。予定。

クリスマスの準備しようかなーと思っている。

わがやの生木の植木鉢ツリーは、春にボロボロ剪定してしまい
全然葉っぱがない。

偽者買うべきか、3.11以前に拾ってきた
うちにある枝や木の実で代用するか考え中。

現在は、プラ板でクリスマスモビール製作。
あと、アドベントカレンダーも作らなきゃ。
さー、忙しいぞ。

本当は、今年の木の実でいろいろ作りたかったな。。。
3.11以前の木の実はわんさかあるにはあるんだけどさ。
ちょっとした草のみとか、赤い実とか、ノブドウ、ヘクソカズラとかアクセントに使いたいじゃない。
でも、そういうのが、いちばんあぶない気がする。
観賞用だって、思えばいいかもしれないけど。
もしかしたら、放射能のほこりがたっぷり入っているかもしれないし。
微妙。。。とにかく、今年と来年。それ以降はまだわからないけど
あきらめるしかない。。ここにいるなら。。。

そういや、いま、牛乳はほぼ飲んでいないんだけど
クリスマスの季節には、やっぱ、生クリーム食べたいな。
なじみの店で、木次の生クリーム売っていたよ。
なんと500mlくらいで1600円超えだった。
冬限定だとか。
昔、島根でビンに入った生クリームなめたけど
ちょーうまかった。味の記憶。。。
クリスマスのときは頼もうかな。

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放射能。こどもと自分に与える不安

なんだか、相変わらず
浮き沈みがあるわたしです。
最近夢、なんだか、夢の中でもおがぐず(きのこの菌床がきになるから)とか、
夕べの夢は、外遊びこどもがしてて
ちゃんとお風呂に入った(全身洗ったか)どうかを確認している夢。

「いまの大気中の放射性物質は安全です」
「給食は安全です」って人たちからしたら、

心が病んでるのよー。不安ばっかりだと、こどもの精神へ影響を与えるわよー。
だから、不安ばっかりいわないでー。こどもをきちんとみつめてー。
放射能のことなんか気にしてられますかー

とかいわれそう。

もちろん、こどもの精神面って大事だと。わたしも、本当にそう思います。
「母ちゃん、泣いたらだめ!」
津波のことを、家族を思い出すたびに泣いていました。
3月から5月にかけては、かなり不安なところを見せていました。

こどもの精神面「こころ」が重要、そしてその「こころ」のもとって
親の愛情、友達の愛情、そして「からだ」です。

からだが元気じゃないと、何もやる気が起きなくなる。
やれることができるようにわたしは、からだが元気なことが
やれることにつながっていくと思いました(かつて堕落していたときに思ったこと)。

でも、こころが病んでくると、からだも元気じゃなくなります。
たしか、がん末期のひとが、山登ったら、延命しちゃったみたいに
なんか「気は病から」っての。
だから、このバランスが非常に難しいなと日々考えます。

最近では、こどもには必要最小限なことだけ
この世界にあわせた暮らし方を伝えなければと思います。
うちは、小学生1年の娘と三歳の息子がいます。

おはよう!
手洗いはしようね。
うがいをしようね。
髪の毛を洗おうね。
ご飯を食べようね。
今日も母ちゃんと遊んでくれてありがとう。
おやすみ。

実のところ、「放射能があるから」という理由をストレートに言う場合は少ないです。

「ここは、ちょっと汚れているからやめとこうね」
「雨にぬれるのは、気をつけようね」
「この木の実は、汚れているかもしれない。調べていないから、おうちに持ってくのやめようね」
「風が強いからマスクしておこうか」
「その植物は、ここで育ってるのが一番なんだと思うよ」
とか。
言い方を考えるようにしています。

なにもかも、放射能! というのは
こどもに「うるさい」と思うし、
あまりストレートに言ってしまうと、
こどもがまわりの子どもたちに対して、悪気なくいってしまうかな。
という気持ちもあって。

わたしは、自分のこどもに「悪い」ものをすすめる親はめったにいないと思っています。
たぶん、こどもに良かれと思って、思いっきり遊ばせてあげてるんだと思う。
ただ、知識が不足しているだけ。

わたしは、娘に給食の弁当をもたすことにしたとき(特に細かいことは省いて)
「体が元気じゃないとしたいこともできないじゃない? 
未来、いろんな人とであって、好きなことができるようにしてあげたいんだ。
母ちゃんが心配なだけなんだけど、お弁当にしてくれないかな?」
と話しました。
「いいよ」と特に泣くこともなかったです。
プールのときは、ちょっと泣いたけど。

「でもね、給食が食べられるようにね、母ちゃん、いろいろ調べて、学校の人やいろんなひとにお願いするからね」
と話しました。

給食が食べられる、みんなと同じごはんが食べられる。ってのは、本当にこどもにとってうれしいことだと思います。その思いを、つなげていかなければ、お弁当にしただけで終わらせないようにしたいと思う。

子どもと一緒に暮らすということ。
いろんな親の事情でこどもにお願いばっかり、我慢ばっかりで、本当にたまに息切れしそうです。
でも、そんな時も、やっぱり親が一緒に笑って、一緒に遊んだり、一緒に何かをするって
大事だなって思う。

結構、おこってばっかだし。いつも。
でも、自分もどうしようもないことたくさんある。
吐き出していかないとどうしようもないときある。

なんだか、まとまりにかけてきたな。。。。

で、ね、わたしが思うことは、
学校や幼稚園は、「安全だ」といって終わらせないでほしいということ。
「こどもに不安ばっかりでは、精神的な面がおろそかになる」
そうではない。こどもに毎日のように不安ばかり言ってる親はいない。
自然と伝わってしまってしまう場合もあるけど(親が不器用なばあい。それってよくあること)。

こどもにわからないように、こどもを預かる側は配慮しなければいけないと
わたしは思う。
「こどものやりたいこと」につなげていくことで一致していると思うんだ。
教育者も、親も。

だから、学校に、幼稚園にいうことって大事だと思う。
「このような状況で落ち葉を使った焼き芋をしないで」ということ。
「ほかのプログラムを考えてほしい」ということ。
「お米の産地などをかんがえてほしい」ということ。

こどもに気づかれないように、刺激的にならないように
うまくこどもたちを誘導すること。
たずねられたら、なるべく怖がらせないように、答えていくこと(ごまかしはしない)。
できるようになりたいなーと思う。学校にも、幼稚園にも考えてほしいなーと思う。

この問題に、終わりは絶対にない。
いまだに、どこかで原発が稼動している。福島第一原発の事故はまだ、収束していない。
一度、地上に降下してしまった放射性物質は、決して消えることはない。

と、くらーくなってばかり、世紀末気分に毎日なってられないので
こどもと一緒に
「がはっはは!」とよくふざけて、わらい飛ばしています。

笑って楽しく!

といっても、小心者のわたし、果たして今日は夢の中で笑えるかしら(笑)


100%完全無添加




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中途半端とか自己嫌悪とかそんなこと

今日も友人とお互いのどうしようもない気持ち、食の汚染のことや
友だち関係とのこと(3.11以前の友だち関係がいま自分に柵を作らせてしまってるようなこと)
自己嫌悪とかいろいろ話したの。

最近、自分でも本当のことは、わかってるんだけど、
たまに「表示」なんて気にしないで買っちゃうときあるんですよ。
ちょっとしたお菓子とか。
やりだしたら「慣れ」てくるから、ホント、たまにしかやらないけど。
外食もするときは、全然気にしないようにしてる。
その後、どうするかで調節すればいいんでないか? とか。

気になりだしたら、とまらない。
この商品のどこが原産地だか、工場はどこだとか、水は、どうだとかね。

たまに、あー、なんだかやんなっちゃうなーと思ってしまうの。
細かい自分に。
中途半端だけど。

おまけに汚染が本当に微妙で、明らかじゃなくて予想(イメージのイメージ)もあるから、
なんだか、こーなんじゃないか、あーなんじゃないか。
アメリカもやばいか? とか。そんなことなったら、モノ買えないでしょ。
買わなきゃ、食べなきゃ身体を壊すし。

と、いいながらも、この商品の在庫は(3.11以前の原材料)まだ大丈夫だとか。
ほんと、あいまいなのはいやなくせに、
時々、これ知っちゃうとやばいなーとか思って後回ししたり。。。あいまいなのがよかったり。

メーカーに電話したり、給食の卸業者に電話したり、たしかに電話は慣れてきた。
メールの問い合わせも慣れてきた。
でも、あー、面倒だなって思ってしまう。
主原料だけ、大丈夫そうならいいかなとか。
キログラムのベクレルだから、ちょっとならいいんか?とか。
あー、でもそういうのが降り積もって、そのちょっとしたことが
こどもに悪さを起こすんじゃないかとか。。。
自己嫌悪。。。

いやいや、これも、わたしなんだよーーー。と。
また、都合のいいこといってさ。

なんだかんだいって、熊本とかのみかん食べちゃってるし。
ペクチン(放射能排出に有効)入っているからさ、新ものだけど、いいんだよとか。
自分なりに、もう、やっちゃってます。
だから、ふくれんのみかんジュースも切り替え関係なしに買っていくと思う。

で、このさきね、わりとストックしているものはあるけど、尽きてくと思う。
今年の被曝はすごいものだったから、それで軽減できればと思ってストックしているんだけど。
で、ストック尽きるでしょ。米だって。
そしたら、やっぱり、なるべくうちで買うものは、西の汚染の少ない地域のもの買っちゃうと思うんだ。
検査して、いくらNDでも、きっとNDにはAランク、Bランク、Cランクあると思うし。
自分なりに判断して選んでいくしかないんだ。と思う。

そういえば、うちの夫が行った矢ケ崎克馬先生の講演会で
「外食は?」という質問に対して先生は、
「お店に入ったら、もう食べてください」といっていた(笑)みたい。

わたしも、買うまでは、これはー、やばい! これは怪しいけど大丈夫っぽいとか。
すんごい、目を見開いてチェックしてるけど。
買っちゃって、料理していると、料理している最中に
放射性物質のことはわすれちゃう。
ふしぎと。

ま、自分に都合いいように考えてる、いいわけなんだろうけど。
それはそれでいいんだと思う。
わかっているから。

だめだめばっかりに囲まれていると、なんだかだめだめになってしまう。
やっぱり、
自分も楽しく、そしてこどもも楽しくってのが一番。
なるべくを大事に。
絶対! とか 、だめ! とか減らしていけるように(なんか覚せい剤のCMみたいなフレーズだな)。
それが、今の(希望)というか。

まだまだ、中途半端な自分。
本当、どうしたらよいかの連続。
ま、明るいのが唯一のとりえだし(感情の起伏が激しいともいえるけど)。

でも、ね、なんとかこの先どうなるのかわからない
曲がり角の先に
わくわくする何かが待っていると思いながら
ちょっとづつ進んでいくしかないんだと思う。

アン・シャーリーのように。

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